単なる愚痴になりますが、JKモノのAVで白い靴下を履かせているAVはやる気あんのかと言いたい。
ほんとにそれ以上でもそれ以下でもないけど、私管理人のAVに対する意見を書きたいと思います。私が書きたいことを書くだけの完全なオナニー記事なので、有益な情報はありません。ご承知ください。
AVで最も大切なこと、それはリアリティ
反対意見もあると思いますが、個人的にAVに最も大切なのはリアリティだと思っています。リアリティというのはつまり、わざとらしくないということですね。
例えばわかりやすい例を挙げると、冒頭でも言及した白い靴下を履いたJK。
僕が見て萎えたのはこの作品です。
買ったわけではありません。ランキング上位にいたので買おうかなとパッケージを見ていたところサンプルの中に上記の画像を見つけ、萎えて買うのをやめました。
この作品で「ええ…」となったのは靴下だけじゃなくて満員の通勤電車の横並びのシートで女の子が大股開いたシーンを見つけたからというのもありますが、一番萎えたのは靴下です。
白ハイソックスのJKなど存在しない
これ、ずっと言いたかったんですが、、
今時、白のハイソックス履いた女子高生とかいます?
私管理人は数年前まで高校生でしたが、同級生や他校で白いハイソックスを履いている女子なんてほとんど見ませんでした。
もちろん白のハイソックスを履いている女子高生も少数いましたが、ごく少数の、校則が厳しく中学生のようなひざ下スカートを強いられている学校の生徒くらい。
大体の女子は紺のソックスでしたし、ハイソックスを上まで伸ばしている子なんていません。短めのショートソックスが中心でした。
その当時の服装の傾向は、現在街を歩いていて見かける女子高生らしき人達を見てもそれほど変わっていません。だいたいみんな↓画像のような紺のショートソックスです。画像は拝借しました。
なのに、AVに出てくるJKはどれもそろいもそろって白のハイソックスで、たまに紺色のソックスを履いているかと思えばだいたいハイソックス(下の画像の一番右参照)です。
今時紺色のハイソックスをソックタッチ(靴下がずり落ちないように止めておく糊みたいなもの)を使ってきっちり履いている女子高生なんて少数なのにも関わらず。
AVのJKモノに出てくる女子高生はだいたい上の写真の一番右かその隣のタイプですが、こんなファッションをしたJKはもはや現代において絶滅危惧種。ベンガルトラやアホウドリと一緒です。
すごく地方とかならいるのかもしれませんが、少なくとも管理人が暮らす首都圏にはこんなJKいません。
こういう時代にあわない、違和感のある作品を見ると非常に萎えます。
なぜこのようなリアリティ軽視にも見える作品が生み出されるのか考えてみました。
AVの制作側が自分たちの高校生時代のJKを想起して作っているから
まず仮説①は、製作者サイドの考え方が原因じゃないかと考えました。
当然のことですが、AVを作っている人は現役高校生ではありません。大人たちです。
それも大学生に毛が生えたような若い人ではないと思います。現場でそれなりの権限を持つには経験がないとダメでしょうから、3,40代の方が中心になって作っているのではないでしょうか。実際がどうかは知りません。
悪く言えば、中年の方々が考えるJK像がAVにも投影されるわけです。
これなら今時のJKがAVに反映されないのもなんとなくわかります。
AV購入者の多くが中年層だから
ですが先の仮説は本当の理由ではないと思います。理由はいくら製作者サイドが妄想を炸裂させても、売れなければいずれ軌道修正されているはずだから。AVは商売ですから、売れなければ売れるものを研究するはず。
たぶん本当の理由はユーザーの大半が中年だからです。
どういうことかというと、若者だろうと中年だろうと初老だろうと、多くの人は内心「自分はまだ若い」と思っています。つまりこういう「若い層からみると不自然なJKのAV」が売れ続けるということは、
「中年になったこの体でJKとパパ活する」マインドではなく、「若いころの自分が、若いころのJKとヤる」マインドで感情移入できる作品が求められている
ということです。そのターゲットとして我々のような若者は入っていないのです。
AVを買う人が作品をみて投影するのは、客観的なルックスを含めた今現在の自分自身というより、どちらかというと高校生の頃の自分なのでしょう。
その証拠に、パパ活系の作品はわざとらしい服装をしている作品が比較的少なく、比較的今時のJKぽい格好をしてくれている印象があります。こちらには今の自分(≒高校生ではない年を取った自分)が投影されているということですね。
管理人はこういうJKのほうが好きです。違和感がないというのは素晴らしい。
AVにリアリティを求めるのは少数派なのか
今回はJKの靴下について書きましたが、別にこれに限らず管理人はAVのリアリティはとても大切だと考えています。作品のレビューでも、リアリティや没入感のない作品はVRにする意味がないと、たびたびこき下ろしています。
しかし、売れている作品でもなんかリアリティに欠けるな…ともやもやする作品は少なくありません。他の人のレビューを読みながら、なんでこんなわざとらしい演出に入り込めるんだろうと疑問に感じることがよくあるのです。
例えば
- 満員電車での痴漢設定なのに女の子がロングシートに組み伏せられて大股を開いている
- 同じ部屋で全く声を我慢せずアンアンしているのに同居人に全く気付かれない(せめて声を押さえようとしている様子くらいは見せてほしい)
- パンチラものなのに、日常生活では絶対にあり得ない動作をして自分から見せてくる
- 明らかに女性が痛そうなピストン
挙げればきりがないのですが、こんなのばっかり。あまりに非現実的です。作品を作っている方々には今一度、「チラリズム」というものを勉強しなおしてほしい。
なぜエロはエロなのか。
なぜパンチラは良いのか。
なぜアフリカのよくわからない裸族の女性を見ても興奮できないのか。
なぜ露骨な描写の多い青年誌のエロ漫画より、To Loveるが人気だったのか。
考えてください。
なぜか。エロは貴重だからです。現実ではなかなか見られない貴重なものとして現れるからこそ、エロはエロたり得るのです。わざとらしく現れるエロは、エロではないのです。
もちろんAVなので、設定が特殊だとどうしても非現実的になってしまうことはありますよ。リアルを追求しても力及ばず、不自然になってしまうところはもちろんあるでしょう。
でもこの記事で言いたいのは、もっと簡単なレベルの話なんですよね。ただ単に、余計なことをやらないでほしいだけ。
別に少しくらいあり得ないシチュエーションがあってもいいです。それがAVの魅力でもあるんですから。
ただ、最初から非日常全開な作品が多すます。日常がだんだんとエスカレートしてった結果非日常な描写になるのはある程度わかりますが、最初からはダメ。
おっさんの妄想を詰め込むのは大いに構いませんが、それをうまく自然な日常の描写に接続してこそ、真に感情移入できる作品ができると思うのです。
結局はたくさん売れる作品が正義なので…
…ただ、こういう細かいリアリティを気にして作品を見ている人はレビューを見ている限りそう多くなさそうなので、こういった意見が反映されることはおそらくないのでしょう。
悲しい限りです。
でも、私は強調しておきたい。
「白ハイソックスをソックタッチで止めてるJKなど、令和においては絶滅危惧種である」と。